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ちひろ
書いてる人
深見東州さんの存在を知ったのは、もう15年以上前になります。日本にこんな人もいるんだというのがその頃の印象でした。
それから数年、この人はただ者ではないというのが私なりに分かってきて、それで深見東州さんのことを書いてみたいと思い、ブログを始めました。

ここ数年、見に来る人がやけに多くなって関心の高さを感じ、去年(2018年)からサイトも変え、もっとせっせと記事を書こうと思っています。

ところで深見東州さんについては、世間では意見が二つに分かれるようです。ダビンチのような万能の人じゃないかという人もいれば、怪しい人物じゃないかとか、胡散臭いと書かれていたりもします。よくわからない、謎の人物というのも多いですね。

ご判断はお任せするとして、肯定派の私の意見としては、深見東州さんの詳しい実態を知らなさそうな人、おそらく深見東州さんが出演するイベントに参加したことのなさそうな人に、否定的な意見が見られるように感じました。

と、えらそうなことを言っている私も、実は深見東州さんのことをよく理解しているわけではありません。わからないことの方が多いです。でも、イベントなどに参加すればするほど、本当に楽しいですし、ためになることが多いなと思います。この人はとてもいい人なんだなと心から思えますし、みんなを元気にしてくれる人だと思います。だから信用しています。

ということで、ここでは深見東州さんの活動から、まず、話題になっているものを拾い、最新情報を探して書きたいと思います。また、過去のことも調べて書いていくつもりです。ジャンルが幅広いのでわかりにくい部分はありますが、”誰でもわかる深見東州入門” を目指し、私自身も含めて、何者かよくわからないという人たちの謎を解くために書いていきますね。

ドミンゴの栄光の陰には、マルタ夫人の献身的な支えがある

今回で、ドミンゴや深見東州さんたちが出演された東京国際コンサート記事の掲載は最後となります。
どみんご5日刊スポーツ2015年9月1日
もう書きたいことは書き尽くした気もしますが、今回ドミンゴの息子さんとお孫さんも、当日の会場で聴いていたそうです。アンコールの時には、通路に出て拍手をしていたそうです。それは気が付きませんでした。顔を知らないので見てもわからないでしょうけどね。
ドミンゴの大切な奥様も日本にいらしてたのでしょうか?たしか、震災直後の時は、夫婦とお孫さんも一緒に来日されたと聞きました。
奥様のマルタ・ドミンゴさんは10代のころ、初めてプラシド・ドミンゴを見た時は、ただの一青年という感じだったそうです。しかし19歳の時のドミンゴの公演のリハーサル準備の完璧さが素晴らしくて、それを見たマルタ夫人の目が、賞賛に変わったそうです。ドミンゴの芸術に対する真剣さがとても好きになったそうです。
そして初めてオペラを一緒に歌った時に、相手を意識したそうですが、ドミンゴの方は、初めて会った時から、ずっと好きで気になっていたと言ってますね。お互いにそういうことを言いあえるところも、素晴らしい夫婦なのでしょうね。しかし、マルタ夫人は洗練されていて、ドイツ歌曲も歌い、近寄りがたい雰囲気があっとも言ってます。
そして結婚するのですが、その後、すごいスピードでドミンゴのキャリアが動き出し、ある時マルタ夫人は気がついたそうです。私には、母親、歌手、そしてドミンゴのキャリアをサポートする3役はいっしょにできないと。それで、歌をやめる決心をしたそうです。
でも、マルタ夫人のソプラノの才能は、とても天才的なものを持っていたと言いますから、とても勇気がいる決断でしたでしょうね。ドミンゴは音楽家として、大変な量の勉強をしなくてはいけなかったそうなので、マルタ夫人が文献を調べたり、歴史のリサーチをしたりと、仕事を分担するようになったそうです。とても献身的な奥様ですね。
そして、子供達もドミンゴの仕事に理解があり、協力的なのだそうです。家庭環境にとても恵まれていたんですね。でも、そうやって夫婦で助け合い、また、子供達のこともよく考え、大事にしてきたんだなと思いました。あのハードなスケジュールの中で、家庭を大切にできたのですからすごい人だと思いますね。
それでは、ドミンゴの当日の歌を思い出す、この動画を聞いてください。とても素晴らしい歌ばかりを、素敵に歌っています。

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