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ちひろ
書いてる人
深見東州さんの存在を知ったのは、もう15年以上前になります。日本にこんな人もいるんだというのがその頃の印象でした。
それから数年、この人はただ者ではないというのが私なりに分かってきて、それで深見東州さんのことを書いてみたいと思い、ブログを始めました。

ここ数年、見に来る人がやけに多くなって関心の高さを感じ、去年(2018年)からサイトも変え、もっとせっせと記事を書こうと思っています。

ところで深見東州さんについては、世間では意見が二つに分かれるようです。ダビンチのような万能の人じゃないかという人もいれば、怪しい人物じゃないかとか、胡散臭いと書かれていたりもします。よくわからない、謎の人物というのも多いですね。

ご判断はお任せするとして、肯定派の私の意見としては、深見東州さんの詳しい実態を知らなさそうな人、おそらく深見東州さんが出演するイベントに参加したことのなさそうな人に、否定的な意見が見られるように感じました。

と、えらそうなことを言っている私も、実は深見東州さんのことをよく理解しているわけではありません。わからないことの方が多いです。でも、イベントなどに参加すればするほど、本当に楽しいですし、ためになることが多いなと思います。この人はとてもいい人なんだなと心から思えますし、みんなを元気にしてくれる人だと思います。だから信用しています。

ということで、ここでは深見東州さんの活動から、まず、話題になっているものを拾い、最新情報を探して書きたいと思います。また、過去のことも調べて書いていくつもりです。ジャンルが幅広いのでわかりにくい部分はありますが、”誰でもわかる深見東州入門” を目指し、私自身も含めて、何者かよくわからないという人たちの謎を解くために書いていきますね。

本名は ”半田晴久”さんですが、通称名の ”深見東州”さんとしてよく知られています。別に戸渡阿見と言う文芸家のペンネームもあります。海外の著名人からはドクターハンダと呼ばれています。

これから、深見東州さんのプロフィールをサクッと紹介します。

  1. プロフィール
  2. まとめ記事
  3. 最新の投稿
  4. サイドバー (特集&人気記事)

深見東州 (半田晴久)プロフィール

1951年3月18日生まれ。県立鳴尾高校から同志社大学経済学部に入学し卒業。その後40代から音大に挑戦、音大卒業以上か、それに匹敵する実力者という枠で受験した武蔵野音楽大学特修科(マスタークラス)声楽専攻に合格し終了。また、西オーストラリア州立エディスコーエン大学芸術学部大学院修了、創造芸術学修士(MA)取得。

1998年に杭州大学(現中国国立浙江大学)教授より懇請され杭州大学大学院日本文化研究所客員教授に就任。「日本文化とその精神的背景」を専門に定期的に講演、また能や書画の実演、学術発表やシンポジウムなども行い、その傍ら浙江大学大学院中文学部博士課程を6年かけて主席卒業、Aランクの論文「日宋僧の研究」により文学博士(Ph.D)を取得。

1999年には、中国国立精華大学歴史学部顧問教授に就任、「近世の日中文化芸術交流史」を専門に講義し、能、京劇、オペラ、バレエの比較実演なども行います。そして中国国立精華大学美術学院美術学科博士課程を主席で修了し、Aランクの論文「芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係」で、文学博士(Ph.D)を取得。

他にも、英国国立ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)名誉客員教授として日本文化と日本的経営について、英国国立ウルバーハンプトン大学経営学部客員教授として日本のビジネスカルチャーについて、私立カンボジア大学教授として国際政治を、中国国立戯曲学院客員教授として能の講義や実演を、有明教育芸術短期大学教授として声楽の指導などなど、日本、英国、中国、カンボジアなど複数の大学において客員教授として教鞭をとります。

また、ジュリアード音楽院、オックスフォード大学、英国グロスタシャー大学、エディンバラ大学、西オーストラリア州立西オーストラリア大学、同州立カーティン大学、同州立エディスコーエン大学など複数の大学から、長年の貢献が評価されて名誉フェローや名誉博士号を授与されています。

書は16歳から、俳句は18歳、能楽と茶道は20歳、絵画は35歳、歌は学生時代から磨き、35歳で初のCDをリリース、数百曲におよぶ作詞作曲も手がけてきました。また40歳からは声楽を、48歳から京劇、バレエも40代初めから、それぞれ多くの師について、あるいは独学で学び研鑽を続けています。

初の詩集を45歳で、句集を49歳、小説を56歳で発表します。1998年に宝生流嘱託免状および師範免状を取得。1999年に嵯峨御流華道免状、大東文化大学書道研究所書道教授免状、江戸千家新柳派茶道師範免状を取得。2002年に国立中国芸術研究員一級美術師、国立中国歌劇団一級オペラ歌手、北京市立北京京劇院二級京劇俳優に認定。

シドニーオペラハウス専属国立オペラ・オーストラリア主席総裁、およびゲストアーティスト。オペラやコンサートに数多く出演し、ドミンゴ、カレーラスなど著名な歌手との共演も多く、また音楽のジャンルも幅広く8カ国語で歌います。

絵画個展はニューヨーク、ロンドン、北京などの海外や国内で数多く開催し、書画の作品数は3300点を超えています。美術展でも多数の受賞があり、美術雑誌の表紙を飾ることもしばしばです。また2014年に大英博物館主催で書画の個展を開催、2001年には大英図書館に書の作品が永久収蔵されています。

少し異色なところでは、2001年に社団法人日本デザイン文化協会主催のコンテストで、服飾のデザイン画が2位に選出され、ファッションショーを開催。2006年には中国スーパーモデルファッションショーに出展参加しました。

近年は狭い分野で芸術性を発揮することが普通ですが、古くは多芸多彩の優れた芸術家も存在し、深見東州さんにもそのような傾向が見られます。芸術の研鑽に励むのは、自らの人間性と芸術思想を深く練磨するためと語っています。

室町期の、俗人であり出家でもある「阿弥」を名乗る芸術家は、死ぬまで芸術の修練や向上を通して魂を磨くことを目指し、作品はその磨かれた魂の表現と言われていました。深見東州さんの戸渡阿見と言う別名も「阿弥」から取ったものです。

また自らの研鑽だけではなく、日本や世界の芸術活動を積極的にサポートし、特に若い芸術家の育成に力を入れています。「東京大薪能」「高校生国際美術展」「ジュリード音楽院声楽オーディション」「ハンダ・オペラ・オン・シドニーハーバー」「オーストラリアシンギングコンペティション」などの支援をはじめ、宝生東州会会主として1500人の弟子を育成するなど、数多くの支援活動や人材育成のサポートを行ってきました。

室町期以降、時の皇族や将軍や大名、あるいは豪商たちが芸術文化のパトロンになりながら、自らも芸術に嗜み演じていたという日本文化の伝統を、深見東州さんも踏襲しているように思います。

1984年、神道系宗教団体「ワールドメイト」の前身となる団体を設立します。宗教家として、仏教、特に禅宗にも造詣が深く、声明の大家(故)天納傳中大僧正に師事、天台座主の許可のもと在家得度し法名「東州」を、また臨済宗東福寺派管長の(故)福島慶道師に認められ居士名「大岳」を授かります。

また1996年に、キリスト教系の団体と協力して、カンボジアに無料病院を設立し、年間10万人単位で無料診療をサポートするなど、世界各国で他宗教と協力しながら、様々な福祉活動や人権、民主化、紛争解決や、社会の安定や平和につながる活動に積極的に取り組んできました。

キリスト教には博愛精神がありますが、深見東州さんにもまた、そのような精神を感じます。それから、宗教間の対話を進め、互いに協力して社会に貢献しようという、世界の代表的な宗際化組織の理事や顧問も多く務めています。

ワールドメイトの特徴は、従来の宗教法人としての宗教活動と、人類愛に基づく活動や社会貢献活動、それは布施行としてのスポーツ、芸術、福祉、教育、学術、国際協力など普遍的宗教活動と呼ぶそうで、分けて活動しているそうです。そして、深見東州さんが設立した企業や財団など別組織の収益事業と合わせて、この20年間で300億くらいを普遍的宗教活動に支出してきたそうです。

あまりに多岐にわたるため、詳細は割愛しますが、複数の病院建設と無料診療の費用、カンボジア大学や小学校の設立など教育学術関連の支援、芸術活動の支援、スポーツ振興、国際会議や国際協力などに、その多くが使われてきました。

深見東州さんの最大の特徴として、一見すると繋がりのないような、実に様々な分野の活動を同時にしていることがあげられます。その根本には、神様には科学や経営などの合理的なものである真、宗教や福祉、スポーツや教育などの善、芸術の美という3つの面があるという考え方があり、そこから来ているように思われます。

そして、最終的に日本を中心とした世界平和を実現することを目指しているそうです。さらに言うと、それらをギャグを交えながら明るく実行しているそうです。ユーモアやギャグも、深見東州さんを語る時に外せない大きな特徴といえるでしょう。

それらの様々な活動に、いづれも共通しているのは、支援活動と同時に自らも参加し、そして人々を育成するという、3つの側面があることだと思います。たとえば病院の支援についても、自ら率先して現場に出向いて研究し、また、人材の育成も同時に行なって、他の病院の底上げにも貢献しています。

ゴルフトーナメントの支援も数多いですが、自らもゴルフを嗜み、かつ広く裾野の人材や若手の育成にまで大きく関わっています。すべてそのようなポリシーで行なっているように感じます。

そのゴルフの取り組みは、障害者ゴルフを1988年以来、30年以上、世界で支援しています。また国際スポーツ振興協会(ISPS HANDA) を設立し、ジュニアや若手プロの育成から、シニア、レギュラートーナメントと、世界の男子6大ツアーや、欧米の女子ゴルフツアーと協力して開催しています。2022年には日本ツアーに初めて欧州男子ツアーを持ち込むことに成功しました。

ゴルフ以外にも、アーチェリーやラグビー(障害者スポーツを含む)、サッカー、ボウリングなども支援し、国際試合をサポートする機会も多いです。

最後は、経営などビジネス活動を紹介します。26歳で予備校のみすず学苑を創業。28歳で時計事業に参入 。36歳で出版と観光会社を設立。37歳からはオーストラリアでの家具屋の買収をかわぎりに、その後は英国にも進出し、ホテルなどを買収します。現在、国内外に10数社を経営し、すべて成功しています。

2020年の最新のインタビュー記事には「たちばなの年商は30億前後で、これは全国約4000ある出版社で200番以内の売上ですが、売場の占有面積は全体の1%で日本一です。一番大きいのは時計のミスズで105億円、時計販売店としては日本で2番目です。それからビシケンが6億円、ジャパン・ペガサスも6億ほどで、あとはまあ、沢山あります」と書かれていました。

ちなみにワールドメイトは企業ではありませんが、収益は110億くらいになるそうです。

宗教団体とそれらの企業に資本関係はなく、法的にも財政的にも、活動内容も明確に区別しているそうです。それは日本社会に自然に根付く伝統である、聖と俗を区別して共存するやり方にのっとるものだそうです。信仰をよりどころにする経営者は多いですが、信仰と経営を混同させずに区別して共存するのが神道古来の特質であり、また同時に「相手良し、われも良し、社会も良し」と言う宗教性のある経営が、本来の日本型経営のフィロソフィーであるとして、それを実行しているそうです。

ざっと、プロフィールを紹介しましたが、もう少し詳細を知りたい人は、上の3つの記事を読んでください。具体的な活動の詳細について、もう少し詳しくまとめています。