「アジアで最も稼ぐ男優」ジャッキー・チェン、6年ぶりの来日インタビュー

ジャッキー・チェン

「アジアで最も稼ぐ男優、ジャッキー・チェンがいま実現したいこと」、というタイトルのインタビューが、フォーブスジャパンのWEB記事にありました。

 

 

昨年、6年ぶりに日本に来日したジャッキー・チェンは、深見東州さんに会うためだけにプライベートジェットを利用して駆けつけたそうです。深見東州さんの友人であり、やはり来日中のマイケル・ボルトンも交え、みんなで食事をし、翌日、東京芸術財団のイベントで、深見東州さんとトークセッションを行ってからすぐに帰国したそうです。

その時、周りの関係スタッフの人から、2人は知り合ってどれくらいになるの?と、聞かれるほど、昔からの旧知の仲に見えたらしいですね。

イベントのトークセッションには私も参加しましたけど、お2人のリラックスした楽しいやり取りを見ると、すごく波長が会う仲良し同士という感じに思えましたね。

その時に書いた記事も参考までに。

盛りだくさんの楽しさを満喫、今年のクリスマス絵画コンサート・ダンス爆発ジュエリー・時計展示会

ジャッキー・チェンのチャリティ活動にかける強い思い

HANDA Watch Worldのアンバサダーを通して2人で世界のために何かをしたい – ジャッキー・チェン

 

深見東州さんは、これまでいろんなゲストとトークセッションを行ってきましたけど、バラエティの司会者にもなれるんじゃないかと思いますね。その場の雰囲気を掴むのが上手いし、相手をリラックスさせ、場を和ませ、面白いお話を引き出すのがとても上手だと思います。しかも、事前のリハーサルも無くて、ぶっつけ本番でされてるようなので、頭の回転が早いんでしょうね。

 

 

それで、そのトークセッションの時にも、ジャッキーが言っていましたけど、ジャッキーには3つの夢があるそうです。

  1. 中国の映画人のために、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに永遠の印を刻むという夢
  2. 世界中のすべての子どもが教育を受けられるようになる夢
  3. 戦争のない平和な世界になるという夢

この3つだそうです。

どれも、社会や人々のためになることばかりですね。一ツ目の夢は、ほとんど達成しているように思いますけど、2番目と3番目の夢は、ものすごく困難な夢なので、この先も生涯をかけて取り組んでいくのでしょう。

またその部分は、深見東州さんとも大いに共鳴する夢ではないかと思います。それが気が合う理由の一つになっているのかもしれませんね。

ジャッキーは深見東州さんに会う前、深見東州さんが中国の恵まれない環境にいる子供たちのために、小学校をたくさん作っていたことを聞いて、どんな人なんだろうと思いを巡らせていたそうです。それもあって、初めて会った気がしなかったそうです。そして、半田さん(深見東州さん)を手助けしなくてはいけないと思ったそうです。

深見東州さんが経営する、HANDA Watch World のアンバサダーに快く就任したのも、そういうことの一つだったのかもしれませんね。

ちなみに、ジャッキーの慈善活動についても、簡単に紹介されていました。

1988年にはジャッキー・チェン慈善基金を設立。モスクワ武道学校や南アフリカの学校にマットや備品の寄付を行い、アメリカやカンボジアの大学では講演会を実施。近年は中国遠隔地に学校を設立する「龍心基金」の活動を中心に、UNICEF、UNAIDSの親善大使、米国赤十字の有名人理事、中国のジャッキー・チェン民間航空基金の創立者としても活動するほか、チャリティーコンサートや司会も務め、2011年、東日本大震災に見舞われた被災地に多額の寄付を行ったことも記憶に新しい。

イベントの時にも、慈善活動の内容がビデオで紹介されていました。本当に子供たちのことを思っている人なんだなと、優しい人柄が伝わって感動しましたね。

今回のインタビューでは、こんなエピソードも紹介していました。

「児童医院で暮らす子どもたちに持参したプレゼントの中身を尋ねられて、答えられないことがありました。スタッフに任せていたのでわからなかったのです。真摯に向き合っていなかった自らを恥じ、後ろめたさに打ちひしがれ、改めて自分でプレゼントを用意してクリスマスに再訪しました」

 

深見東州さんも、支援しているカンボジアの孤児院や、寄付した小学校を訪問する時には、自らプレゼントを選んで児童に手渡し、温かい言葉をかけられていたそうです。ただ、寄付するだけではなく、そのような心と心のふれあいというものを、お2人とも大切に考えているのがわかりますね。見せかけではない、本当の優しさを持っているのだろうと思いました。

ジャッキーは、今度オープンしたHANDA Watch World・名古屋・バナナ時計店にも、お祝いの花束を贈っていました。そういうちょっとした気遣いも、嬉しいですよね。

 

ちひろ

深見東州さんの存在を知ったのは、もう15年以上前になります。日本にこんな人もいるんだというのがその頃の印象でした。 それから数年、この人はただ者ではないとい...

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