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ちひろ
書いてる人
深見東州さんの存在を知ったのは、もう15年以上前になります。日本にこんな人もいるんだというのがその頃の印象でした。
それから数年、この人はただ者ではないというのが私なりに分かってきて、それで深見東州さんのことを書いてみたいと思い、ブログを始めました。

ここ数年、見に来る人がやけに多くなって関心の高さを感じ、去年(2018年)からサイトも変え、もっとせっせと記事を書こうと思っています。

ところで深見東州さんについては、世間では意見が二つに分かれるようです。ダビンチのような万能の人じゃないかという人もいれば、怪しい人物じゃないかとか、胡散臭いと書かれていたりもします。よくわからない、謎の人物というのも多いですね。

ご判断はお任せするとして、肯定派の私の意見としては、深見東州さんの詳しい実態を知らなさそうな人、おそらく深見東州さんが出演するイベントに参加したことのなさそうな人に、否定的な意見が見られるように感じました。

と、えらそうなことを言っている私も、実は深見東州さんのことをよく理解しているわけではありません。わからないことの方が多いです。でも、イベントなどに参加すればするほど、本当に楽しいですし、ためになることが多いなと思います。この人はとてもいい人なんだなと心から思えますし、みんなを元気にしてくれる人だと思います。だから信用しています。

ということで、ここでは深見東州さんの活動から、まず、話題になっているものを拾い、最新情報を探して書きたいと思います。また、過去のことも調べて書いていくつもりです。ジャンルが幅広いのでわかりにくい部分はありますが、”誰でもわかる深見東州入門” を目指し、私自身も含めて、何者かよくわからないという人たちの謎を解くために書いていきますね。

3大テノールが音楽の歴史に残した足跡

深見東州さんがホセ・カレーラスに続き、今回はプラシド・ドミンゴと、連続して3大テノールと共演することになったため、私も3大テノールに対してとても興味が湧いてきました。そのピークは1990年代ですから、20年前に戻ることはできませんが、その当時のことを調べてみました。

初めて3大テノールとしてコンサートを行ったのは、1990年のローマでした。サッカーW杯決勝戦前夜に行われ、以後1994年ロサンゼルス、1998年パリ、2002年横浜の4回のサッカーW杯のときに開催され、それ以外にもワールドツアーが行われ、2003年までに慈善コンサートも含めると、トータル34回開催されました。
ちなみに、日本には3回ほど来ていますが、料金はS席75000円、プラチナシート12万円というレベルだったそうです。すごいですね。それでも売れてしまうのですから、さすが3大テノールは別格ですね。

ところで、ローマでの1回限りの公演にしようと思っていた3大テノールの面々を口説き落としたのは、ティボール・ルーダスというやり手の興行主だったそうです。彼は3大テノールが出演するコンサートの企画に、ローマでのコンサートの翌日からすぐに取り掛かったそうです。そしてロサンゼルスで1994年サッカーワールドカップ決勝戦の開催が決まると、はじめは関心がなかった3人も、ついにティボール・ルーダスの説得力に抗しえず、開催することを承諾します。

そして彼が会場に選んだのはドジャースタジアムでした。そこでハリウッドの技術者などを使って2つの大きな滝や巨大なギリシャ風の柱など、幅160メートル、5階建てビルに匹敵する高さの巨大で絢爛豪華な神話風セットを作りました。

しかし、肝心の3大テノールたちのリハーサルは上手くいかなかったそうで、しかも最後の最後まで歌う曲も決まらなかったそうです。主催者側は毎日歌いたい曲が変わるんだからと嘆いていたそうですね。またマスコミは、クラシック界の超大物が3人集まれば、お互いのライバル心がどこでむきだしになるだろうと、そんなことばかりに注目していたそうです。

しかし当日は、フランク・シナトラ、ジーン・ケリー、ウォルター・マッソー、グレゴリー・ベック、トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、アーノルド・シュワルツェネッガー、デニス・ホッバー、トム・ハンクス、ウーピー・ゴールドバーグなど、ハリウッドの大スターの招聘に成功し、ヘンリーキッシンジャー夫妻、ジョージブッシュ夫妻ら、2大政党からも出席するなど、ハリウッド最高クラスのイベントになります。以後3大テノールが、音楽の歴史に新たな流れを作り、記録を塗り替えていくことになるわけですから、そこまでこぎつけたティボール・ルーダスの手腕のおかげだともいえますね。

本番で3大テノールは、5万6千人の大観衆の期待を裏切らず、大いに聴衆を沸かせ、それはあまりにも大きなうねりとなって、かつて経験したこともないような称賛と敬意が津波のような大喝采となってぐんぐん押し寄せてきたと、関係者を驚かせたそうです。そして120カ国、15億人が生放送でこのコンサートを観たそうです。さらに1ヶ月後にはCDが店頭に並び、記録的なスピードで売れ、オーディオビデオもビルボードのチャートで、トップを86週続けるほどの驚異的な売り上げとなり、現在も需要が続いています。
このコンサートで、3大テノールは客席にいたフランク・シナトラやジーン・ケリーに敬意を表して「マイウェイ」や「雨に唄えば」を歌いますが、今やそのハリウッドの大物スターたちと肩を並べる存在になったと言われました。聴衆の大喝采がそれを証明していたということです。

そして、この大成功は、国や性別や年齢を超えて、あらゆる記録を塗り替えていくことになります。この3人の異なる魅力溢れるスターたちによって、オベラ歌手のイメージは変わり、彼らはポップカルチャーの偶像になりました。こうしてみると、3大テノールの偉大さが少しわかってきました。そして、3大テノールに続く歌手が出てこないのもわかる気がしました。歌の実力はもちろんですが、それだけでは3大テノールを超える存在にはなれないのでしょうね。

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