3大テノール、ローマコンサート

深見東州さんが3大テノールのうちの2人とまで共演しますので、バヴァロッティは残念ながら亡くなりましたから3人との共演は不可能ですが、3大テノールのことを知る良い機会になりました。
1970年代から1980年代は、バヴァロッティとドミンゴの二人のテノールの、ツインピークの時代だったようです。
そのNo1を争い続けるライバル同士を、同じ舞台にあげる案を思いついたのはホセ・カレーラスだったそうです。カレーラスにとっては、自分自身の白血病からのカムバックを世界に知らしめる機会にもなるし、白血病基金の募金にとっても大きなメリットになります。しかし、あとの2人は何年もライバル関係が続いているわけですから、カレーラスだからこそ思い切った案を出せたと言われています。
そして、2人とも年下で弟のようなカレーラスは好きだったし、互いのライバル心も、かなり角が取れていたようです。そこに持ってきて、大の熱狂的なサッカーファンであったことも幸いしたようです。このコンサートはイタリアで開催されるワールドカップサッカーの決勝のフィナーレとして行うからでした。スボーツの力は偉大ですね。
そして面白いのは、だれもこのコンサートが、信じられないような途方もない売り上げになるとは、だれも予想してなかったということです。
チャリティーとカレーラスへの祝賀の気持ちがあっただけで、それだけのことだと思っていたようです。そして3人で一緒に歌うような曲はないということで、3人で歌うのはボップスのメドレーニしようとなったそうですね。そして準備不足もあり、神経質になっていたものの、当日は和気藹々とすすんだそうです。その功績者は、ドミンゴだと言われているそうです。
ドミンゴはステージ上で、とてもリラックスして自然に振る舞い、そのスターらしい余裕のある態度と温かさに、あとの二人も順応し聴衆も乗ってきたようです。ビデオで見ると、その感じがわかりますね。そうやって世界で15億人が視聴し、大々的に世界に報道され、のちに発売されたCDやビデオは売れに売れて、3大テノールの時代が始まって、オベラ文化がボップ文化へと広がっていったそうです。

ちひろ

深見東州さんの存在を知ったのは、もう15年以上前になります。日本にこんな人もいるんだというのがその頃の印象でした。 それから数年、この人はただ者ではないとい...

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