「~ジャンボ尾崎追悼大会~ISPS HANDA夏に爆発 どれだけバーディー取れるんだトーナメント」は、−32、256という最小ストローク&最多アンダーパーのツアータイ記録で平本世中選手が優勝しましたね。また2日目、3日目終了時点では、いずれも最多アンダーパーの新記録を叩き出しています。
最終日は昨年のこの大会のチャンピオンだった比嘉一貴選手に、何度か並ばれますけど、最後は3差で逃げ切り、結局4日間、1位を譲りませんでした。
その比嘉選手は、昨年ずっと勝てなかったところ、この大会で優勝したあと調子を取り戻し、日本選手としては初となる、2025年アジアンツアー年間チャンピオンにも輝きました。日本男子ツアーと両方でチャンピオンになった初の選手になりますね。

8月23日最終日は、深見東州さんもライブ中継の解説に加わってましたね。さらにプレー終了後に行われた京劇舞台の前には、深見東州さんが30分以上、興味深い話をされます。西洋人に負けない、その秘訣についてくわしく解説し、その結果西洋人と仲良くなれたという内容でした。
なかなか真似できないですけど、欧米の白人VIP層から一目も二目も置かれ、親しいお付き合いができる理由の一端がわかります。
ところで、京劇の舞台も大変面白かったですね。中国文化独自の変面があったり、京劇独特のアクロバティックな武劇があったり、たまに発する日本語のセリフで笑いを誘ったりと、見応え十分で楽しめました。
深見東州さん自身も北京京劇院2級京劇俳優に認定された京劇俳優として、何度も公演を重ねてきてますね。北京京劇院は、北京市立の京劇を教える最高峰の学校ですから、事実上、国家2級京劇俳優と言っても良いでしょうね。深見東州さんが、京劇をやる理由なども聞けました。

そのあとは表彰式が始まります。JGTOの諸星裕会長も、30年間海外で仕事し、国際スポーツイベントの交渉や運営に携わってきた経験から、深見東州さんのその話がビンビン響いてきたと話していました。
あと、伝統あるゴルフの総本山R&Aが主催するシニア・オープンのタイトルスポンサーに、ISPS HANDAが選ばれたことにも触れ、日本で言えば大相撲に、海外のスポンサーの名前がついて、〇〇大相撲になるようなものですと、驚きをもって話されていました。
世界中でスポーツに関わる仕事をしていた人間として、このことがどれくらい凄いことなのかは、なかなか日本の方々にはお分かりいただけないと思います、と言われてましたね。改めてすごいことだったんだなと、より理解が深まった気がします。
大会最終日のプレーは、以下の動画で全て視聴可能です。

大会を報道したスポニチの記事
スポーツニッポンが、この大会独自の特徴について詳しくレポートしていました。その記事がわかりやすく、良かったので少し引用したいと思います。来年のISPS HANDAの方向性や、ジャンボ尾崎追悼の意味なども、よくわかりました。
スポーツニッポン2026/9/5
ジャンボ尾崎の魂は、選手の胸とギャラリーの脳裏に刻まれた。昨年に続く開催となったトーナメントは、プロ通算113勝の金字塔を打ち立てたジャンボさんの追悼大会として行われた。主催者であるISPSの半田晴久会長(75)が目指したのは、功績を称えるだけでなく、その闘争心を今の男子ゴルフによみがえらせるということだった。
「大きな存在だよね。”トーナメントは勝つもので、賞金王はなるもの”と思っているから。そういう目にみえない意識や世界というのを伝播していく」
選手のバーディーを取る度胸を試すため、昨年の北海道・御前水ゴルフ倶楽部より約240ヤード 短いコースで開催。選手は期待に応え、4日間で2202個のバーディーと154個のイーグルが生まれた。半田会長が有名な格言の一つとして示していた「教師は技術を教え、巨匠は生き方を教える」の言葉通り、尾崎さんの精神が結果として表れた。

さまざまなアイデアで過去の大会を盛り上げてきた半田会長が選手とギャラリーの心を揺さぶったのは、AIを駆使した尾崎さんの声の再現だった。勝ち続けていた頃の尾崎さんの巨大パネルが飾られたティーグラウンドで、第1打を放つ前に尾崎さんのメッセージが流された。
長男の智春プ口が尾崎さんの弟の健夫プ口、直道プロと相談しながら考えたメッセージは各ホールとも1日ごとに文言が切り替わり、計72パターンに及んだ。最終日の1番は「優勝目指して逃げずに攻めるぞ。優勝はするものだ」、18番は「心眼を極めよ。これがジャンボ尾崎の真骨頂だ」などの言葉で、選手の背中を押した。あまりにも再現度の高い音声に、涙を流す関係者もいた。「小さい頃からの憧れだった」という宮里優作は「(あの声は)癒やしだった」と懐かしんだ。


ジャンボさんはゴルフアカデミーで多くの選手の育成に携わり、女子では笹生優花、西郷真央と2人の海外メジャー覇者を育てた。そのアカデミーでISPSは設立当初からスポンサーとなっていた。ジャンボさんは初めて半田会長に会った時、「あんなに頭のいい人に会ったことがない」と語ったという。そこから関係が深まったからこそ、ゴルフ界が躍進したといっても過言ではない。
レジェンドの言葉は人を勇気づける。大会前日のプロアマ戦の表彰式では、1SPSの専属契約プロたちがジャンボさんとの思い出を語った。稲森佑貴は15年のセガサミーカップの予選ラウンドで一緒に回った。2日目の13番パー5でプロ初のOBを叩くと「ここから3連続バーディーを取れ」と言われたという「心が折れかけていた」という稲森だったが、背中を押されたことでその後の連続バーディーにつながったことを明かした。
ISPSアンバサダーの堀川未来夢は19年の国内開幕戦・東建ホームメイトカップの予選で同組となり、パッティングで悩んでいたところ「ちょっとパターを打ってみろ」とラウンド後につきっきりで指導を受けた。再び同組となった同年の日本ゴルフツアー選手権では、上達したパッティングを優められた。腰痛を抱えるジャンボさんは4番終了後に棄権。「5連続バーディーを取れ」というエールを受けて6連統バーディーを奪取。このロケットスタートが、プロ初優勝の原動力となった。

生前の秘話は、ファンの前でも披露された。表彰式前に行われた優勝者・ブービー賞・ベストスコア賞、の投票の抽選会には、智春プロが登壇。自身が小学6年生の時、ハワイで行われたアサヒビールのCM撮影に同行した際、バンカーショットが苦手だったこともあり、ワイキキビーチでは人々が寝そべっているすぐ横で2時間にわたって特訓を受けたことを明かした。「サンドウエッジのソールが削れまくるほどだった」と振り返った。
ジャンボさんはその人生に一点の後悔もなかった。智春プロは「好きなことをやって、好きなものを食べて、こんなにワガママな人生はない。だから全く悔いがない」と言って旅立ったことにも触れた。半田会長に対しては特別な思いがあり、亡くなる2週間前に「本当に(半田)会長にはお世話になった。現世ではお返ししきれない。来世でも、その次の代でも、必ずお返しする」という強い感謝の言葉を遺した。

ISPSは男子ゴルフを活性化するため、今大会のようなファンと選手を喜ばせる大会を開催してきた。だが、男子ツアーは来季から日本ゴルフツアー機構(JGTO)と日本産業推進機構(NSSK)が設立した「ジャパン・ゴルフツアー(J-TOUR)」が運営することになる。これを受けて、半田会長は「ISPSのユニークなことはなかなかできそうにないから」と、来年はJ-TOURでの国内開催を見送り、賞金加算大会となる海外での「ISPS HANDA日本オーストラレーシア選手権」(ニュージーランド)のみとなる見通しだ。
ライブ配信を行ったYouTubeの再生回数は34万1000回を超えるなど、今大会への注目度は他のトーナメント以上に高かった。大会を復活させることについて、半田会長は「考えている」と語った。エンターティンメント性が高い上にジャンボイズムが浸透した大会が戻ってくる日を、誰もが心待ちにしている。






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